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大阪高等裁判所 昭和62年(う)900号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、被告人三名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人下村幸雄、同花房秀吉、同原滋二連名作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官谷本和雄作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は要するに、原判決は、本件の国外強制退去になったC・S・S外一二名のタイ人女性従業員(以下これらの者あるいはこれにR・Pを加えた者をタイ女性という)の検察官に対する各供述調書を刑訴法三二一条一項二号前段の書面として採用し、証拠として挙示しているけれども、右各検察官面前調書は同法三二一条一項二号前段の要件を欠き、証拠能力がないから、これらを証拠として採用し、罪証に供した原判決の訴訟手続には、憲法三七条二項、刑訴法三二一条一項二号前段に違反する法令違反があり、右各証拠を除くと有罪の認定ができないので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、所論と答弁にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するに、右の各検察官面前調書に証拠能力を認めて証拠として採用し、罪証に供した原判決の訴訟手続には何らの違法の廉はない。

所論は、検察官面前調書が刑訴法三二一条一項二号前段により証拠能力を取得するためには、単に「公判準備若しくは公判期日において供述することができない」だけでは足りず、反対尋問にかわる程度の信用性の状況的保障の存することを要するものと解されるところ、前記タイ女性(但し、R・Pを除く)の検察官面前調書はいずれも信用性の状況的保障を備えていないと主張する。

しかしながら、刑訴法三二一条一項二号前段には、同条一項二号後段や同条一項三号のように「信用すべき特別の情況の存するとき」あるいは「特に信用すべき情況のもとにされたものであるとき」という制限が付されていないから、供述者が、「国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述できない」という要件を充たせば直ちに証拠能力を取得すると解するのが相当であり、所論は採用できない。

また所論は、刑訴法三二一条一項二号前段が信用性の情況的保障の存在を積極的要件としていないとしても、その供述が「信用できない情況のもとでなされた疑いがある」場合には証拠能力は否定される(すなわち、不信用の情況が証拠能力の消極的要件)と解すべきであり、かつ、その信用できない状況とは、検察官がその供述者を意図的に本邦から出国させた場合など、ことさら被告人の反対尋問の機会を失なわせたと認められるような場合に限定されないのであって、本件において認められる(1)タイ女性らは在留期間経過後在留資格外活動(売春業務従事)をした者として近日中に強制退去させられることになっており、そのため、同女らは恐怖心、自暴自棄、無責任の心理状態から、取調官の意向に添った供述をし、その旨の供述調書が作成されたであろうこと、(2)タイ女性のうち、R・Pは、第一回公判前の証人尋問において、検察官に対して供述した内容と右の証人尋問の際に供述した内容とは同一であると供述しているのに、同人の検察官面前調書に記載された供述内容が証言時の供述内容と全く異なっていることは、右の事情を裏付けるものであること、(3)タイ女性は本邦に売春の出稼ぎに来た人達であり、その氏名・住所等が真実である保証はなく、このように身元の不確かな者に責任ある供述を期待することはできないこと、(4)通訳が適正、的確に行われていないこと等の事情も、「特に信用すべきでない情況」ないしは「信用できない情況のもとでなされた疑い」のある場合に該当し、タイ女性の検察官面前調書には証拠能力がないと主張する。

しかしながら、検察官がその供述者を意図的に本邦から出国させようとしていた場合など、故意に被告人の反対尋問の機会を失わせようとしたことが窺われるような場合は、本条項の前記消極的要件とみるまでもなく、被告人の反対尋問権及び訴訟手続の適正を不当に害するものとして、いわゆる証拠禁止の見地から証拠能力が否定されるものと解すれば足り、供述が「信用できない状況でなされた疑い」のある場合を、刑訴法三二一条一項二号前段の消極的要件と解するのは明文に反し相当でなく、所論のような情況は、検察官面前調書の信用性を判断する際の事情にすぎないと解するのが相当である。

そして、関係各証拠によれば、タイ女性らは出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制手続により保護されてから八日ないし一五日の間にバンコックに向けて出国しているけれども、検察官において、これらタイ女性に対する被告人の反対尋問の機会を失わせる意図で、同女らを出国させ、あるいは出国の時期を早めさせたことを窺わせる事情は全く認められないから、所論は採用できない。

さらに所論は、外国人の往来が日常化し、外国人が本邦内で犯罪に関係することが頻発している現状では、本件のように公判が開かれている時には既に証人たる外国人は国内にいないという事態は大いに起こりうるところ、そのような場合に検察官が刑訴法三二一条一項二号前段を悪用し、反対尋問を行い得ない供述調書に基づいて公訴事実を構成し有罪を得ることが許されるならば、憲法で保障された反対尋問権は全く形骸化してしまうといわざるをえないので、この事態を防止し、被告人らの反対尋問権を確保するためには、刑訴法二二六条、二二七条の定める第一回公判前の証人尋問の制度の準用が認められるべきであり、したがって検察官において容易に右の制度による証人尋問が可能であったにもかかわらず、これを怠った時には、検察官面前調書の証拠能力は否定されるべきであるところ、本件にあっては被告人らには既に弁護人も選任されていたのであるから、検察官において第一回公判前の証人尋問の申請さえすれば、容易に被告人らに反対尋問の機会を与えることができたのに、その努力をした形跡は全くないから、検察官面前調書には証拠能力がないと主張する。

しかしながら、刑訴法二二六条、二二七条の制度は、もともと捜査機関に十分な捜査を可能にさせるために、捜査に必要な資料の収集及びその保全の方法を認めた制度であり、かつ、被疑者、被告人、弁護人には同法一七九条による証拠保全の方法も認められているのであるから、本件のような場合においても、検察官には同法二二六条、二二七条による証人尋問を請求する義務はないものといわざるをえず、したがって、これをしなかったからといって、その検察官面前調書の証拠能力が否定されるいわれはなく、所論は採用することができない。

以上のとおり、原判決には所論の訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。

第二  控訴趣意中、事実誤認の主張について

一  論旨は要するに、被告人甲野の本件営業の実態は管理売春の構成要件を充足しないのに、原判決がタイ女性らの検察官面前調書に信用性を認めてこれを積極に認定したのは事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである、というのである。

そこで、所論と答弁にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、タイ女性の検察官面前調書に信用性を認め(但し、後記の一部の供述調書を除く。)、これらを含む原判決挙示の各証拠によって原判示の管理売春の事実を認めた原判決の認定・判断は結論として相当であって、当審における事実取調べの結果によっても左右されない。

所論は、タイ女性の検察官面前調書が信用できないことは、同女らのうち、第一回公判前の証人尋問が行われたR・P及び当審で証人尋問を行ったA・CことS・Sの供述内容が同女らの各検察官面前調書の供述内容と異なることから明らかであると主張する。

そこでまず、右両名の検察官面前調書及び証言時の供述の信用性について検討する。

ところで、遊客に対する接待の方法やその対価等について、R・Pは検察官面前調書においては「客に口淫、手淫をしたうえセックスルームで性交すれば店から五〇〇〇円貰える。収入はこれだけである。一日に二人ないし三人の客と性交した。」旨供述しているのに対し、第一回公判前の証人尋問においては「店からは遊客に口淫、手淫等でサービスした時に五〇〇〇円を貰うそれだけで、性交したときは、遊客から直接チップとして五〇〇〇円ないし一万円を貰っていた。」旨供述しており、一方A・CことS・Sは検察官面前調書においては「タイ人の女性から性交しなければ金にならないといわれ、自分が相手をした遊客とは全部性交した。性交一回について五〇〇〇円を店から貰った。」旨供述しているのに対し、当審における証言時には「遊客に手淫、口淫でサービスしたときに遊客から一回で五〇〇〇円貰った。性交は親しい客かボーイフレンドみたいな客としかしなかった。警察の手入れのあったときの遊客とは奥の部屋で一緒に寝ていたが性的サービスはその部屋ではしていなかった。」旨の供述をしている。

しかしながら、昭和六〇年一〇月一五日に警察の手入れがあった際にR・Pの遊客であった原審証人A夫は、「友人からタイ女性とセックスができる面白いところがあると聞いて本件の店(被告人甲野の経営する一階「クラブ○○」、二階「ラウンジ××」、三階「割烹△△」、四、五階個室)へ初めて行き、受付にいたB夫(同店ボーイ)から『八〇〇〇円が入場料で、中に入って気にいった女の子がいてその子とセックスしたら別に一万円を店を出るときに払って貰う、店内に入るとすぐロッカーがあるので、そこで着ているものを全部脱いでガウンに着替え、タバコとライターとロッカーの鍵だけ持ち、金品は一切持ち込まないこと、女がチップを請求しても渡さないこと』等の説明を受けて一階の店内に入り、指示どおりガウンに着替えテーブル席につき、最初に同人についた店名サチコというタイ女性を結局指名した形になって、同女から舞台のところでショーを見ながら手淫、口淫のサービスを受け、そのあと同女にシャワールームに連れていかれ、裸になった同女から体を洗ってもらい、ベッドルームで同女が上になって性交した。その後体を洗ってもらいテーブルに戻ったが、もう一回遊びたいと思って被告人乙川を呼び追加料金について聞いたところ、『入場料の八〇〇〇円は不要であと一万円でよい』というので、丁度そのときテーブルの前で踊っていたR・Pを指名し、右のサチコと同じようなサービスを受け、最後にベッドルームで上になった同女と性交したが、同女の方から金の要求はなかった。」旨供述しており、また、同じく前記警察の手入れのあった際のS・Sの遊客であったC夫の検察官面前調書によれば、同人は、「知人から『前に遊びに行った店で、タイ女性が接待してくれ、セックスもしたが値段も安く面白かった』と聞かされて、初めから性交するつもりで本件の店へ行き、店の方でつけてくれた同女と性交したというのであって、店に入ってからその性交に至るまでの経緯は前記A夫の供述するところとほぼ同様の供述をしているところ、右遊客二名の供述は具体的かつ詳細であるうえ、右A夫は歯科医師、右C夫は会社員であって、殊更被告人らに不利益な虚偽の供述をする事情は全く認められないことからすれば、右両名の前記各供述は十分信用できるものといえる。

さらに、日本人女性従業員である原審証人D女(以下日本女性という)は、「昭和六〇年一〇月、ラウンジ前衛の『ファッションギャル募集』の新聞広告を見てこれに応募し、被告人甲野の面接を受けたが、同被告人から回りくどい言い方で結局仕事の内容は売春である旨の説明を受けるとともに、『泊り』があるけれどもいけるかとか、警察の手入れがあった時には『本番』をしていることは絶対に話さないように言われた。また、ピルは飲めないと言うと、コンドームは四階にあると言われた。遊客の選り好みはできず、遊客とは四人に三人位の割合で性交した。時間給はなかった。」旨供述しているところ、右の供述もまた具体的かつ詳細で、反対尋問にも動揺するところがなく、十分信用できるものといえる。

してみると、右遊客二名及び日本女性の各供述によれば、クラブ○○等では、対価を支払ってタイ女性及び日本女性と性交することが常態的に行われていたこと、遊客は一階の店に入る際、入場料として八〇〇〇円を支払い、その後タイ女性の口淫、手淫等のサービスを受けたのちベッドルームと呼ばれる部屋を利用して性交までの性的なサービスを一回受けるごとに店を出る際にその対価として一万円づつを支払うもので、これが同店のシステムとして行われていたこと、遊客は性交の対価を直接店に支払い、またタイ女性にチップを支払うことを禁じられていたこと等が認められるのであって、前記R・P及びS・Sの証言時の前記各供述部分はこれに全く反するもので、明らかに虚偽であり、また、右のとおり本件の核心部分について明白な虚偽供述がある以上、右両名の証言時の各供述は全体として到底信用できないといわざるをえず、一方右認定に概ね符号する各検察官面前調書は十分信用できるものといえる。

そして、同じく前記認定の事実に概ね符合するその余のタイ女性の検察官面前調書(但し、後記のとおりB・Sの昭和六〇年一〇月二三日付検察官面前調書を除く。)もまた十分信用できるものといえ、所論は採用できない。

所論は、検察官の取調べの際の通訳は、通訳人江畑朔弥は、本件の重要な争点である「性交」と「性交以外の方法による性的サービス」とを区別して通訳しておらず、また、通訳人春田尚は、本件捜査に従事していた警察官であるうえ、同人はタイ語ではなく英語で通訳しているものであって、本件通訳が適正、的確に行われなかった疑いがあり、この点からもタイ女性の検察官面前調書には信用性がないと主張する。

そこで検討するのに、前記B・Sの昭和六〇年一〇月二三日付検察官面前調書を除くその余のタイ女性の検察官面前調書の通訳人である江畑朔弥については、原審証人江畑の供述によれば、検察官は「性交」と「性交以外の方法による性的サービス」を区別して尋問しており、その際江畑も区別して通訳したことが認められるから(なお、同人は、弁護人の「性交」のタイ語について質問を受けた際、これに答えていないが、これはその前後の同人の供述からすれば、同人の性的な事柄についての潔癖な性格から法廷内では答えたくないというものと認められる。)、同人の通訳には格別問題が認められないことに加えて、右各検察官面前調書の内容が前記認定の事実とも概ね符号することからすれば、通訳人江畑の通訳は適正・的確に行われたものと認められる。

しかしながら、B・Sの前記検察官面前調書の通訳人春田尚については、当審証人春田の供述によれば、同人は本件の捜査を担当していた警察官であるうえ、タイ語が話せず、英語で通訳したことが認められるところ、同人の英会話の能力はさておくとしても、右の検察官面前調書にはB・Sの英会話能力についての記載がないので(そもそも、英語で通訳した旨の記載もない。)、同女の英会話能力は不明であり(同女の他の検察官面前調書はタイ語の通訳によっている。)、日常会話以上に微妙な問題を含む事柄について母国語でない英語で果して正確に理解あるいは表現できたか疑問であるうえ、その供述内容についても「客は最初から性交を目的として来ていますので、ホールに入ってからさっそく性交するという人が殆んどです。」という部分などがあって、前記遊客の供述や他のタイ女性の検察官面前調書、さらにはB・S自身のタイ語の通訳による昭和六〇年一〇月一九日付検察官面前調書の供述に比し、遊客の入店後タイ女性と性交するまでの経緯等にかなりの違いが認められることに加えて、通訳人自身が本件捜査を担当していた警察官であること等を考えあわせると、同人の通訳が適正、的確に行われたか甚だ疑問であって、結局右の検察官面前調書はその信用性に疑いがあるといわざるをえず、所論はその限りで理由がある。

所論は、被告人はその営業にあたって、性交以外の方法によって客に性的満足を与えることを経営方針とし、従業員はもちろん遊客に対しても性交の禁止を周知徹底させてきたものであって、タイ女性らが被告人らに隠れて個人的に売春をしていたのはともかく、営業としては売春は行っていなかったものであり、このことは、被告人甲野がタイ女性を雇い入れる際その趣旨を同女らに十分理解させるために記載したメモ二枚(弁第九、一〇号)中にタイ語で、「ここで寝る仕事をしてもお金は貰えない」「(警察)」という記載があることからも裏付けられると主張し、被告人らも捜査段階から右主張に沿う弁解をする。

しかしながら、前記認定のとおりクラブ○○等では売春が店の営業として行われていたことは明らかであって、被告人らの弁解は到底信用できないし、所論指摘のメモの当該部分の意味については、タイ人アティパット・バムルーング(神戸大学大学院法学研究科博士課程の留学生で当審における証人R・Pの通訳人)の翻訳では「職場での寝泊りはお金がいりません」であり、また当審翻訳人赤木攻(大阪外国語大学タイ語教授)の翻訳でも「職場で寝るとお金はいらない」というのであって、所論のような意味ではなく、そのあとに「警察」とあるのも、当時被告人甲野はタイ人の売春婦を店内に泊めていたことから管理売春罪に問われて保釈中であったこと、弁第九号証のその余の部分に「ホテル代がない」「家賃の金がない」等宿泊について記載のあること等を考えあわせると、右の記載は、職場で寝るのには金はいらないけれども警察がうるさいという趣旨とも解され、右メモの存在は前記認定を左右しないので、所論は採用できない。

次に所論は、本件は売春防止法一二条に定める「人を自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させた」という要件に当らないと主張する。

しかしながら、同条にいう「居住させ」とは、人を一定時間自己の管理等する場所に起居又は待機させ売春を行いうる状態に置くことをいうものと解すべきところ、関係各証拠(前記信用しないものを除く。以下同じ。)によれば、被告人らはタイ女性らのうち、ボーイと同棲している者など一部の者を除き、大部分の者を被告人甲野が所有するマンション「○○○○ビジネス新大阪」に居住させるとともに、タイ女性や日本女性全員を被告人甲野の所有する四階建(一部五階建)のビル内にある前記「クラブ○○」等の店内に出勤待機させ、その間売春の相手方がいた場合には直ちにこれに応じさせうる態勢をとっていたものと認められ、またその待機場所は構造施設の点からみて住居たりうる性質のものであることが認められるから、被告人らは同条に定める場所に「居住させた」というべきであり、所論は採用できない。

更に所論は、本件は同条に定める「売春をさせる」という要件に当らないと主張する。

しかしながら、同条にいう「売春させる」に当たるとするためには、人の売春につき管理支配関係を有することが必要であると解すべきところ、関係各証拠によれば、被告人甲野とタイ女性あるいは日本女性との間に雇用関係があるうえ、被告人らは、同女らを勤務時間内は店内で待機させ、遊客がある場合には同女らに「客付け」をし、原則として遊客の選択を認めておらず、また被告人乙川らが定期的にタイ女性を泌尿器科の病院に連れていって性病検査を受けさせていること、クラブ○○等においては、一階の遊客については、遊客はタイ女性とベッドルームで性交すれば、その対価として一万円を直接店に支払い、被告人らはその中から五〇〇〇円を同女らに支払い、二階、三階の遊客については、遊客はタイ女性あるいは日本女性と四、五階の個室で性交すれば、その対価として二万五〇〇〇円ないし二万七五〇〇円を直接店に支払い、被告人らはその中からタイ女性には七〇〇〇円、日本女性には一万三〇〇〇円を支払い、その余はいずれも被告人らが取得していたこと、同女らの前記売春以外の報酬は、タイ女性には一階の舞台で踊ったときに一回に二〇〇〇円が、日本女性には二階で客に接待したときに二〇〇〇円が支払われるだけで、チップの受領も禁止され、同女らの収入は殆んど売春による報酬に依存していたこと、同女らの雇い入れの際には、売春をすることが当然の条件になっていたこと等が認められるから、被告人らが同女らの売春につき管理支配していたことは明らかであり、所論は採用できない。

してみると、原判決には一部証拠の取捨選択に誤りがあるものの、結論において所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

二  論旨は要するに、被告人乙川、同丙について、そもそも本件においては管理売春行為はなかったのであるから、被告人甲野との間でその共謀はありえず、仮りに、同被告人について管理売春の罪が成立するとしても、被告人乙川、同丙は被告人甲野の指示に従って働いていた従業員に過ぎないから、被告人甲野の管理売春行為に加担して共同実行したことにはならないのに、原判決がこれを積極に認定したのは事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである、というのである。

そこで、所論と答弁にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、原判決挙示の各証拠(但し、前記信用できないものを除く。)によれば、原判示の共謀の事実は優に肯認でき、原判決が「事実認定等の補足説明」の項で説示するところも相当であって、当審における事実取調べの結果によっても右の認定判断は左右されない。

すなわち、本件営業の実態が管理売春に当たることは前記認定のとおりであり、関係各証拠によれば被告人乙川、同丙は被告人甲野に雇われ、被告人乙川は一階クラブ○○の責任者として、また被告人丙は二階から五階までの責任者として、いずれも前記被告人甲野の本件売春営業の実態を十分認識したうえで「客付け」をするなどしていたことが明らかであるから、被告人乙川、同丙の「性交は禁止していた。タイ女性らは性交しているようであったが黙認していた。」旨の捜査段階からの供述は到底信用できず、被告人乙川、同丙の両名が被告人甲野との共同正犯の責めを負うことは明らかである。

したがって、原判決に所論のような事実誤認は存しなく、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条、一八一条一項本文、一八二条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川義道 裁判官 浦上文男 裁判長裁判官 西村清治は病気のため署名押印することができない。裁判官 瀧川義道)

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